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  • ワイン
  • イタリア
  • ヴェネト
  • ラ・ビアンカーラ
  • 376ml〜750ml

【店頭販売のみ】ピーコ・モンテ ディ メッツォ 2021 白 750ml / ラ・ビアンカーラ

【店頭販売のみ】ピーコ・モンテ ディ メッツォ 2021 白 750ml / ラ・ビアンカーラ


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注:こちらの商品は店頭販売のみとさせて頂きます。

大変申し訳ございませんが、ご了承頂けますようお願い致します。

【店頭販売でのご購入制限有り】

ピーコ・クリュのみを複数本、複数キュヴェのご購入は、誠に申し訳ございませんがお断りしております。

お一人様一本限りでお願い致します。

『 La Biancara ラ ビアンカーラ 』

ワイン名:ピーコ・ モンテ ディ メッツォ 2021 白 750ml

生産者:ラ・ビアンカーラ

産地:イタリア / ヴェネト

ブドウ品種:ガルガーネガ100%

Pico Cruについて

ピーコに使われているガルガーネガは、標高250mにあるタイバーネ、ファルデオ、モンテ ディ メッツォという3つの区画で栽培され、醸造も畑ごとに行われています。

タイバーネ

標高200m、南東向きの1.6ヘクタールの畑。 樹齢33年。多量の粘土を含む肥沃な火山灰質で7段の急斜面をテラス仕立てにしている。 実は日当たり、方角的にはこの畑のシチュエーションは特別良いとはいえないとアンジョリーノは話す。

ファルデオ

標高250m、南東・南西向きの1.5ヘクタールの畑。樹齢36年。 なだらかな起伏のある広い2段の造りで粘土は少なく、シリカと玄武岩を多量に含む痩せた土壌。

モンテ・ディ・メッツォ

標高120m、南東向きの1.7ヘクタールの畑。樹齢14年。 豊富な粘土とミネラル分に富む非常にポテンシャルの高い畑だが、手入れを始めてからまだ均衡がとれておらず、 本来の力を発揮しだすのはまだ数年後と思われる。

ピーコには、海抜250-400mと彼らが持つ畑としては最も高い位置にある3つの区画(ファルデオ、モンテ ディ メッツォ、タイバーネ)で収穫されたブドウが使用されています。収穫日がずれているという事もあるので、それぞれの区画ごとに醸造&熟成、そしてボトリング直前にブレンド。

【生産者説明】

アンジョリーノは、ワイン生産の盛んな、ヴェネト州のガンベッラーラ(ソアーヴェの隣の生産地域)で生まれ育ちました。マウレ家は、ガンベッラーラという土地にありながら、ブドウ&ワイン生産に携わらない家庭だったのですが、アンジョリーノは若い頃から自らワインを造るということに憧れを抱いていました。そして若い頃働いていた工場で、奥さんのローザマリーアと知り合い、結婚し、ワイナリー創設の夢を果たすべく、2人でピッツェリアを始めます。お店は大繁盛、80年代前半から畑を買い家を建て始め、1988年、ラ ビアンカーラとして初めてボトリング。発足当初は畑でもセラーでもコンサルタントを雇っていたが、どうにもアンジョリーノは彼らのやり方が気に入らない。ブドウそのものに、大地、テロワール、ヴィンテージやブドウ品種そのものの個性を封じ込めたものをなすがままに醸したものこそがワインだと考えていたアンジョリーノに、やれあれ使え、これ入れろということばかり・・・早々に彼らとの契約を解除、全てを自らの決断で行うことにします。

とはいえ、具体的にどうすれば良いのか皆目見当もつかない・・・いろいろ思い悩んでいた時に、ヴィチェンツァの酒屋(ワインバー?)で何気なく選んで、開けたワインに衝撃を受けることになります。ミステリアスで、唯一無二の個性を放ち、惹きつけてやまないワイン・・・それはヨスコ グラヴナーのリボッラ ジャッラでした。

以降暇を見つけては、グラヴナーの住むフリウリはオスラーヴィアまで通うようになります。そこには、エディ カンテ、ラディコン、ラ・カステッラーダのベンサ兄弟、ダーリオ プリンチッチ、ヴァルテル ムレチニックなどが集い、毎回のように激論を交わし、刺激しあいながら、お互いがより自然な造りのワインを目指すようになっていきます。1990-97年頃が皆が最も足繁くグラヴナーのところに通ったそうですが、その後意見の相違から、グラヴナーのところに集まることはなくなったようですが、アンジョリーノ、ラディコン、ラ・カステッラーダ、ダーリオプリンチッチとムレチニックの交友は続き、ヴィニータリーでも共同でブースを借りるようになります。この集まりが、いま現在ではいくつか存在する、イタリアにおけるヴァン ナチュールのグループの出発点といえると思います。(自分が中心となって作ったグループを、意見の相違から2005年に脱退、2006年にヴィン ナトゥールという別のグループを結成・・・。)